【閑話終題】

創作 2023.04.14

Water

創作の取っ掛かりは、当然ながら無から有を生み出す作業となる。いわゆるゼロイチの壁
が常に立ちはだかっていて、それを越える事は容易ではない。一応、核となる考えがある
にはあるが、どうすればそれを可視化できるのか?何年やってもテンプレート化出来ない
のが創作とも言える。
それがダンス作品である場合、稽古場でダンサー達と動きの面白味を追求する一方、喫茶
店やファミレス等で独り、アイディア出しに取り掛かる。取り掛かったからといって、すん
なり出てくれるものでもない。脳味噌の便秘状態に陥りながらも、ウンウン唸ってひねり
出さんとする。
「今日はもう持久戦だ。確固たる何かを掴むまでは、いつまでだってここに居座り続けて
やる。この店を出る時、それ即ちナイスな発想を手に入れた時というワケだ!」と、勇ん
で入店したものの、なん~にも掴めぬまま時間だけが過ぎてゆく。座りっぱなしの尻はし
びれ、慢性の腰痛首痛偏頭痛が疼き出す。単調な店内の景色に飽き飽きし、耳障りなBGM
も騒がしいチビ共の嬌声にもうんざり。いっそここいらでスッパリと負けを認め、潔く帰
ってしまおうか?むしろ景気づけに一杯引っかけてしまおうか?いやいやいや、ここで折
れたが最後。負の連鎖がいつまで続くか知れたものではない。もう何でもいい、何でもい
いから、この店を出る為の口実を見つけなくては!
渋々粘った挙句、決して褒められたものではない思いつきの粉末程度のものをノートに書
きなぐり、ほうほうの体で帰宅。からの入浴。ふぬけ状態で頭髪など洗っていると、ふと
した瞬間あれだけ出てこなかった妙案が、スコーンと頭上へ降ってくる事がある。果たし
てこれはリラックスによる温浴効果?緊張と緩和のいい塩梅?
こんな体験を幾度かして以来、自分はその現象を「水の神さん」と呼び、たいそう有難が
った。降臨された折には「毎度毎度スンマセン、いつもほんっと助かってますぅ」と、風
呂場の天井に向ってヘーコラする。
しかしながらこの神さん。頼りにはなるが、なかなかの曲者。入浴時に「今回もひとつ、
お願いしますよ♡」なんて、下手に期待してしまうとウンともスンとも言ってくれない。欲
しがっちゃ駄目、というルールでもあるのだろうか?人事を尽くして何とやら。よこしま
な気持ちを抱く余裕すら無くなる程に追い込まれない限りは、ダンマリを押し通す主義ら
しい。
アカシックレコードという言葉がある。この世に起こる全ての事柄、過去に起こったあり
とあらゆる事象、神羅万象津々浦々の記憶すべてが刻まれた、万物共有の記録媒体。“クラ
ウド上に保存”の超々上位互換?それは、この宇宙のどこかに存在すると言われているが、
一体どこにあるというのか?案の定、その在りかは解明されていない。しかし、ダ・ヴィ
ンチや釈迦、ニコラ・テスラ等、過去の偉人達はこぞってそれにアクセスし、大いなる叡
智を授かったのだとか。
最近になって、これこそアカシックレコードの正体では?と云われ出したものがある。何
のことはない。それ即ち「水」であると。
確かに水は全ての生物、無機物、その他諸々をあまねく循環し、大気に昇って海となり、
地の底に染み入る。その流れの中で様々な情報・記憶が記録され、蓄積され続けているの
だとか。
そもそも、あらゆる生命のプロセスは、水性の媒体の中で起るもの。水が生物と、それを
取り巻く世界とを取り持つ仲介者という事実は、異論を待たない。水は単なる溶媒ではな
く、我々と宇宙を繋ぐ架け橋。言い変えるならば、もう一つの感覚器…
だとしたら、あの例のやり方で合ってるんじゃないの?