【閑話終題】

奇譚 2022.01.14

不審人物

かれこれ20年ほど前の事。
当時住んでいた西荻窪の、とあるせせこましい雑貨屋に入った途端、店の奥から非常に嫌なオーラを纏った男が、こちらへ向かって歩いて来た。
「近寄ったらヤバイ!」直感的にそう感じ、とっさに通路をあけた。すると、その男も同じタイミングで同一方向へ避けるではないか。一瞬ウッと身構えたが、それは奥の壁一面に貼られた鏡に映る自分自身であった。

仕事柄?あちこちの街を歩き回る事が多い。
しかし、筋金入りの方向音痴だけに、路地をちょっと曲がっただけで道に迷ってしまう。今でこそGoogleMapなんて便利なものが登場したが、かつてはポケット地図帳こそ必須アイテム。暗くなると見え難いので、ペンライトもカバンに忍ばせておく。思いがけず良い風景に出くわした時に備え、一眼レフなんかも持参。そんな抜かりのない私だが、周到さは時として両刃の剣だ。コソドロの下見と疑われても致し方無いものばかり持ち合わせている為、いざ巡回中の警官に所持品検査なぞ求められると、不必要にドギマギしてしまう。
それにしても、職質される機会が人様より多くないか?ある時、声を掛けてきたお巡りさんに聞いてみた。一体自分のどこが怪しいと言うのか?
「いやぁ、迷彩柄のズボン履かれているから、アーミーナイフとか持ってるかな~?と思って」
驚愕のシンプル思考!ちょっと下半身にアクセント効かせただけでしょうが。

「こんにちは~。ここで何されてるんですか~?」
(ほらまたおいでなすった)あ、いやナニ、今度お外でやるダンスみたいなものの演出方法を考えてましてね。そう、振付家なんすよ、一応。コンテンポラリーっていう、ちょっと変わった感じのやつで。あ、でも別にこの辺でやるわけじゃないんですけどね。ホラ、家の中よりも歩いている時の方がアイディア浮かぶ事って多いじゃないですか。だからまぁ、言ってみれば調査?みたいなもんですかね。ハハハ。
こう正直に申し述べて「あーなる程、そーだったんですかー。大変失礼しました。では、引き続きお仕事ガンバって下さい!」とはならない。
言えば言うほど警官は眉をひそめ、怪訝な顔をする。コイツ絶対になんかあるぞ!という顔をする。今のうちに署へ応援頼んだ方が良かないか?みたいな顔をする。
何一つ嘘偽りを述べていないにも関わらず、何なんだこの危うい雲行きは?
とにかく、あらぬ誤解を解いておかねば。
まぁ近頃は何ていうか、社会がどんどん閉塞的になってきてますからねぇ。例えばこの商店街だって『ふれあいロード』なんて名乗ってますけど、実際に触れ合おうもんなら悲鳴上げられて、訴えられるのがオチじゃないですか。生き難い世の中ですよね、実際。そこで我々のようなタイプの人間が、何かしら世間に開かれたアクションを起こす事によって、ある種のガス抜きというか、安全弁的な役割をですね…聞いてます?
「うん、うん、そうでしたか。ご苦労様です!」おやおや?
我ながら意味不明な主張ではあったけれども、もしや納得していただけた?
「一応、カバンの中だけ見せて貰えますかね?」
う~ん、長引きそうだ。